私と英語の物語 その1

今週1週間、次男の幼稚園がずっと半日保育だったので、HIMAWARIのレッスンやサークルを入れていなかったんですね。

活動レポがないので、何かネタはないかな~と思いまして。

私と英語の半生を綴ってみようかなと思いました。お暇な方はお付き合いください🌻
※私のブログの長い読者さんは、「ああ、またあの話ね」って感じかもしれないですが(笑) それでも読んでくれてありがとう♡

 

私が初めて英語に出会ったのは、小学校1年生の時(写真は6歳の私、保育園卒園した時(笑))。

学校帰りの田んぼ道、一緒に帰っていたお友達が「英語って知ってる?マイネームイズって言ったら、私の名前は~っていう意味なんだよ!」と突如語り出したんです。

英語なんて概念も知らないし、「えーー!なにそれーーー!マヨネーズイズ??」と笑ったのを覚えています。

そして、夜両親にその話をちょっと得意げに?した気がします。

「英語でね、私の名前は~って、マヨネーズイズって言うんだって!」←マヨネーズイズじゃないことはわかってるんですが、半分ふざけている風に言ってました(笑)

 

そして時は流れて。

中学1年生で、私は英語を学び始めました。いまだに覚えています。

Hi, Mike! This is Ken. Ken this is Mike.
Hi, Mike.
Hi, Ken.

っていうのが、最初の教科書に出てきた会話文でした。「はい、マイク!」といいながら、マイク🎤を渡すギャグが流行っていました。

 

中学校1年生の時は、特に何も考えずとも、成績は普通に良かったのですが、中2の完了形が始まったあたりから、意味がよくわからなくなってきました。

学級崩壊気味でしたしね…(遠い目)。

私も思春期真っ只中で荒んでいたので(笑)、そこから英語意味わかんない!!!と嫌いになっていきました。

 

初めての海外は、その頃です。地域の中学校の代表が何名か選ばれて、韓国へ研修にいく制度がありまして。荒みまくっていた私はそれに参加させられたんですね。(あ、バツゲームじゃないですよ!一応学校代表なので選抜試験みたいなのはあったような…?)

そして初めて、言葉が違う人たちと接したわけです。

韓国の中学生と1日行動を共にする日があって。

英語力の差に愕然としましたね。自分が全然話せないことも、英語がよくわからないことも、よくわかりました。

でも、単語を繋いで繋いで、なんとかその日を乗り切り、最終的には「わけわかめ!is I don’t know!」という、よくわからない日本語を教えて笑いあう事が出来ました。

↑今自分で書いていても、ほんと、ただのアホな中学生だったんだなと思います😅 笑いあったんじゃなくて、笑われてたんだと思う😂

 

中3になって、高校受験が視野に入り始めたあたりから、真面目に勉強するようになり、そこで私は英語の文法を中1の内容から徹底的にやりなおしました。

そして、「of」の存在に気づいた時、急に視野が広がって、英語がわかるようになり(もちろん、学校英語のレベルでです)、英検3級に中学生のうちに受かりました。←当時としては珍しかったんです、中3で英検3級受かるの、田舎だったし。

それで、県内でも英語だけ飛びぬけて出来る私立の高校に進学したのですが…

そこで私は、2度目の挫折を味わいます。

 

帰国子女とか、留学生とかがいるクラスに入ってしまって。

ネイティブスピーカーの先生が、英語で英語の授業をするような感じで。

使っているテキストも短大レベルとか?もー、さっぱりわけわかめ!でして…。

また荒みました(笑)

 

次こそ頑張ろう!と思って、頑張って、89点とって。

よし、今度こそ平均点よりは取れただろう!と思っても。平均点が90点だったりするクラスだったんです…(ちなみに、同じテストの他のクラスの平均点は60点とか)。

何やっても下から数えた方が早いから、もう、いやになっちゃいましてね…。

 

そんな荒んだ私、今度はイギリスに短期留学させられたのです。

イギリスで過ごした時間は…、なんか、負の思い出しか出てきません…。

ホームステイしていたのですが、英語が通じなくてしんどいなぁとか(元々知らない人とからみたくなかったし)、学校の勉強は楽しかったけれど、その後の外国人との交流とかが辛かったし…、一緒に留学した日本人たちとの折り合いも悪かったし。

帰りの飛行機が落ちる夢を何度もみてました…。

あ、パブに行ったのは楽しかったな(呑んでないよ!)。
中学校の時のALTの先生がイギリス人で帰国されていたので、ロンドンまで会いに行きました。先生の事務所に電話をかけたときのことは今も覚えていますね。

「Hello, I’m a Japanese student.  I want to talk to Mark.」なんかそんな感じで公衆電話からかけた気がします。

その先生にパブに連れて行ってもらったのでした。(写真残ってるなぁ、多分、あとで探してみよう笑)

 

帰国してから数か月、私は学校から「本校に停学はありませんから。問題を起こしても停学はありません。意味わかりますか?」と言われるほどの問題児となりまして。←ちなみに、停学者を出すと学校の名前に傷がつくから、そのまえに自主退学しなさい、という意味です(笑)

思春期特有の荒んだ高校生活を送っていた私ですが。

なぜか高2の時に英語スピーチコンテストに出るように言われ、出たら最優秀賞をもらっちゃったのです。その時はちょっと嬉しかった、本気で。帰国子女たちをおさえての賞だったから♡

このスピーチコンテストに出るための原稿書きが、私にとって、英語学習の第2のターニングポイントでした。

中3の時「of」の存在に気が付いて、ぱぁーー!っと英語の視野が広がったのと同じように。

原稿を書いている時に、「英語を英語で考える」ということがしっくりきたんですよね。それまでは日本語で文章を書いてそれを英訳していたのですが、どうも上手くいかない。それが面倒くさくなって、「最初から英語で書いちゃえ!!!」と思ったんです。

そこから急に、また視野が広がりました。日本語と英語は全然違う言語なんだ、ということを、心底実感した瞬間でした。

 

 

需要があるかわからないけど😋 また明日に続きます。

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