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「日本の英語教育を変えなければ」そう思って、20年が経ちました。現状は?

私が日本の英語教育について考えるようになったのは、20年ちょっと前、大学生の時です。

中学校3年間、高校3年間、計6年間英語を学んでいても、日本人は全然英語が話せない。大学も入れたら10年、英語を学んでいても、話せない人は山ほどいる。…なんでだ?なんとかせねば!

そう思っていました。

 

すごくないですか?

20年ですよ、20年。

 

20年たっても、日本の英語教育の根本的なところは変わっていません。そこがすごい。おそらく、そのずっとずっともっともっと前から、変わってないですよね。20年どころの話しじゃないです。

私たちが子どものころに比べたら、英語の教材は山ほど増えて、英語に関心を持つ親も増えて、子どもに英語の環境を与える人も増えた…かもしれませんが、体感的にはまだまだ“潜在的に増えた”だけであって、“日本人も英語話せるようになったよね”とはなっていません。

意識高い系の地域にいらっしゃる方の体感は違うかもしれませんが、ワタクシ庶民系地域では、20年前となんら変わらない。おもちゃ的なものがちょっと増えたかな、くらいの感覚です。

 

大学生だった当時、私の中のおおざっぱ進路の方向性は2択でした。

上から日本の英語教育を変えるか、下から日本の英語教育を変えるか。

上から、というのは、行政に入って世の中の仕組みから変える、ということです。文科省とかね(笑)県の教育委員会とか、決定権がある立場になるってこと。

これは即却下でした。学歴的にも性格的にも、こんな組織に入れる人じゃないし。なにより楽しくなさそう(あ、だから日本の教育は変わらないのか。楽しいこと好き!楽しいのが大事!って言う人は、こんな組織に入る方を選ばないですもんね…多分)

 

下から、というのは、教育現場から実践的に変える、ということです。

こちらの道にもまた2択ありました。

1つは、私自身が指導者となって、子どもたちに英語を教えること。もう1つは、指導者の指導者になって、子どもたちに教える人を育てること。

私の思いは後者にありました。

英語教師、英語講師を育てる仕事をしたい。

これは20代前半の時点で、私が思い描いていた未来の自分の在り方でした。

 

でも。

ここでもやっぱり学歴と性格が、思うようには進ませませんでしたよね(笑)最初は大学教授になって、教員免許を取りたい学生さんと日本の英語教育について討論していきたいと考えていたのですが、学歴もないし、ごますりも出来ないし、大学界隈には全然入れそうな気がしませんでした。楽しくなさそう←どんだけ組織が嫌いなの(笑)

 

英語教員を育てるのは無理、ということで、私が選んだのは、大人を育てる、ということでした。

特に、母親です。

 

って、こうやって書くと、母親を育てるっていうのが選択肢の一番下にきてて、しょうがなく、みたいに見えなくもないかもしれませんが、違いますよ!

私の中では、即決定してたのですが、選択の可能性として、他のものをつぶしていった…みたいな感じです。

私は、親の影響が子どもにとって何よりも大きい、ということをずっとずっとテーマに据えていて、修士論文でもそのことを書いています。

日本の英語教育について真面目に考えた時も、母親の存在は切り離せません。というか、そこが何よりも大事!!!と考えてきました。

 

私は、幼少期のふれあいが子育てには大切♡心豊かな子どもに育てよう♡みたいなところから、親子英語を始めたわけではありません。

そんなことは子育てをする上で当たり前で(ごめんなさい、あえてそんなことと書いてます、それが大事なのは基本の基本だから)、そのうえで“何をするか”を考えなければ、日本の英語教育は変わらない、そう思ってきました。

個々の親子関係が何よりも大事、ということがある前提で、日本の英語教育を変える!というところがゴールです。

それが20歳くらいの私が思い描いた、未来の自分でした。

 

私は理論だけで物事を語るのが大嫌いなので、まずは自分が現場に立たなければ!と思い、塾講師になりました。

その後いろいろあって、マスコミ関連施設で映像のデータベース作る仕事したり、WEBサイト制作の仕事したりしましたが、今こうしてまた英語教育界隈に戻ってきています。

母親について語るのであれば、母親にならねば!とも思っていました。これは一人でなれるもんじゃないし、ご縁もあるし、そもそも命をどう考えてんじゃ!!っていうつっこみどころ満載の思考ですが、若気の至り(若さゆえの勢いと視野の狭さ)と思って笑ってやってください。

願っていた母親にもなり、思っていたのと違う現実も知り、英語教育界隈に戻って、あっという間に8年が経ちました。

 

日本の英語教育と日本人の英語のスキルは、結局20年経っても大きな変化はなく。

小さな範囲で画期的なことが行われるようにはなりましたが、きっとそれは昔からそうで。部分的には変わっても、今の時点で“日本人の英語力は変わった!”という実感はないです。

みなさんはどうですか?興味がある人が潜在的に増えた、潜在意識は高まっている、とは思うけれど、まだまだそれがカタチにはなってないのではないでしょうか。

私たち親世代の意識が変わっているのが今

だとしたら。

本当に日本人の英語力が変わるのは、子どもたちが大人になった時、ですよね。

やっと行政も大きく変わろうとして、それが現実になってきました。が、最初の数年間は現場での混乱と模索が続くことでしょう。

 

私は庶民だけど。

庶民なりに、日本人の英語力を変えるにはどうしたらいいのか?をずっと考えてきました。

薄くね。ほんと薄くですけど。

思考が止まったことはありません。

 

この20年、紆余曲折あって、ずーーーっと同じことをし続けてきた訳ではないですが、いろんなところに寄り道したからこそ、今、いろんなご縁がブアーーーーーっと繋がって、大きな道になるんじゃないか?という感じがしています。

2020年って、そういう年。

と私は思っています。

 

人が大きく2分化される1年。よくも、悪くも。

今まで考えてきたこと、してきたことが、大きなうねりになって次の段階に進んでいく。

2020年は、そんな1年になのではないかと。

 

ハイ、今日のところはここまでにしときます。

今までも何度か過去に書いたことがある内容ではありますが、“日本の英語教育を変える”思考だけじゃなくて、行動もしていきますよ、という意思表明でした。

 

え?意思表明ぽくない?

そこは、もうしばらくお待ちください♡

1年後にはカタチにして、2年後にはそれを広めて、5年後には、それが出来る先生たちが増えて、10年後には、それが当たり前になってるといいな♡

 

…いつ死んでもいいと思える生き方をしてるつもりですが、まだまだ死ねませんね。

心と体のメンテナンス、大事にしよう♡

 

この長い歩みを、一緒に見守っていただけたら…嬉しいです。いえ、みなさんのお力添えがないと未来は変わらないので、出来ることから少しずつ、一緒にやっていきましょう!!

(何をするのか書いてないのに「やります!」と言ってくれる人たちの笑顔がいくつも思い浮かんでいます。ああ、幸せだなぁ、私。感謝♡)

 

 

 

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